過去の亡霊に追われる

こないだのコナンの脚本が浦沢だったらしくてすごく観たかったな

今朝は風がとても強くて
海みたいでわくわくしちゃうと思って歩いてきた、と報告したら独特な例えだと言われ理解されなかった。
今日は、先週やった仕事の仕上げをやったり、本を読んだり、新しいデザインにかかったりした。
特におもしろくも無かった。
しんどかったり、しんどくなかったりした。
いつも通りに時がすぎた。
少し厚着をしてしまった。これが丁度良いのだと言い聞かせた。
アディダスのパーカーにナイキのTシャツにプーマのスニーカーを履いてるやつ、他にいますかっていねーか、はは
アシックスはNO


人間はさ、つぎはぎで出来ていて
私はそういうのが人間くさくてすきで
みんな何かの引用で
コラージュだらけの言葉でできている。
誰もがみんなシュルレアリストだとかそういうやつだ。
くだらんくだらん
けれども、人間はみな平等にくだらないと思うから、
人間の、愚かな部分が、私はすきなんだといつも思う。
すきっていうかあ、ニヤニヤしちゃう。


快楽天がむらたれんじ表紙だったので記念に買った
次号から成年誌マークがつくらしい。
面白いマンガは載ってなかった。F4Uくらいかな…
なんか全体的に全然おもしろくなくて、さみしくなってしまった。
ひさびさに、おもしろいエロマンガが読みたい。エモいやつが読みたい。


しんどいね
空気と空気がぎゅっとなってる感じがする
それらが胸を押しつぶしてくる感じだ。
胃の中のものが全部でてきてしまいそう。


今日はずっとわたしが ウィーアーザロボッツ、と歌うたびに
みぞぞが 目つぶし投げてどろんどろん、と返してきた。

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自分の居場所さえもまだ分からずに

『僕の宗教へようこそ~Welcome to my religion~』インストアイベント

6月15日@littleHEARTS.仙台店

「そのハエは先生のお友達です!」
「どんな細さの世界観かと思って」
「ミュージシャンはステージの上だけ、舞台裏は見せません!」
「死ぬときにトリビュートにどうしても入れてもらいたくて」

えんそく故郷単独公演行脚 「アイツが町に帰ってきた~The boy is come back to town~」

6月15日@仙台MACANA

楽しかったです

この宇宙中何処にも最初からなかったのだろう

金曜日は新宿のアカシアという所で白いロールキャベツを食べた。
美味しくってよかった。
店内のBGMが適当なラジオみたいなやつで良かった。
おなかたくさんになった。



今日は
壁や瞼の裏を見て過ごす予定だったが無理だったので新宿へ行った。

えんそくのことを知らない人に説明しようとして
居場所だという言葉しか出てこなくて言いながら泣きそうになってしまった。
1番楽しみにしていた青森へは行かずに私は今この新宿で、私の居場所はライヴハウスにしかないのだと説明するのが悲しかった。それを他人に言うべきではないと思いながらも言ってしまう自分にも悲しかった。
でもすきだから行かなかった。
行けなくなった。
分からないだろうけど、
わからなくていい。

自分を解放できる場所が欲しいのか、と言われたがそうじゃあないんだよ。
テクノミュージックじゃねえんだ
こちとらヴィジュアル系なんだぜ。
そんなような話をしたかったけれど多分伝わらなかったし伝えるには100時間くらいいりそうだったのでやめた。
身を任せるようなミュージックじゃなくてもっと
身が削れるような、私にとってはそんなもの
「私の人生みたいだ」とでも言えば良かった。
いやいや、人生じゃあないんだよ人生じゃ。


常になにかに納得したいだけだ。
きらいなものでも、納得ができるかどうかだ。自分の中で辻褄が合えば、受け入れられる。
だからきらいなものでもすきなものでも、なぜそう思ったのか、なんでそうなのか、なにがおもしろいのかとか、すぐ人に聞いてしまう。
きらいなものでも、自分がなんでそれが嫌いなのか、って人に説明できるまで考えるし、それが説明できることならば他人にわざわざ言ったって良いんだと思う。
それよりも、わからないしきらいだから見ないってする方がこわくて
本当にそういうものに直面しなくてはいけないときに、お前たちじゃあ一体どうするのかと思う。きらいなものわざわざ言及しなくてもいいよねー、じゃあないんだよ。じゃあないんだよを多用しすぎました。
Twitterは特にそんな感じで、要するに自分のすきなものをフォローしてすきなものだけしか見ない、極端に言ってしまえばそういうツールだ。
生活にノイズはある程度必要だと私は思っていて、そうでないとバランスが取れない。
バランスだ。


すきなひととだけ会ってるのはダメだって私も思うけど
とはいえ、わざわざ嫌いな人に合わせることはまあ無いですよとは思う。
すきでも理解できない人はたくさんいて
理解できない人とは、なるべく話がしたいと思う。
きらいだし理解できねえ人は、じゃあ終わりだ、と思う。

にゅろたんがこないだツイッターで、なるべくすべて肯定したいみたいなこと言ってて
それすごくわかるって思うけど
私は本当は、少しそれとはちがくて、誰のことも否定も肯定もしない。できてるかはともかく、とにかくそうありたいと思っている。
にゅろたんと話をしていて、私は今この人に肯定されているなという話し方をされているなと感じ取ってしまうときに、
少しだけさみしい気持ちになってしまう。
これはなんか語弊のありそうな言い方ですね。それ以上でもそれ以下でもない。


花音ちゃんに、今日は魂が抜けてる感じだと言われた
そうかなあそうだな
ヘドバンがしたい



明日からまた会社だが
4月に入った人間が今月いっぱいで辞めるらしい。
やめたいと思った時に辞められるような会社で良かったですね。
まったく理解できないからすごくモヤモヤしている毎日

君のすきなすべてのものと世界は回ればいい

先週の日記
一週間ずっと金曜日みたいな感じだった。

4日(火)

渋谷のUPLINKで「霊的ボリシェヴィキ」のDVD&Blu-ray発売記念イベント いった
ボリシェヴィキみるの二回目だがやっぱりすきしかなかったのですきしかねえという感想くらいしか書くことはない。
同時上映で「宇宙の裏返し」、こっちがメインのイベントだった
終わったあとのトークで「宇宙の裏返し」の出演者がぞろぞろとでてきた。
河野知美さんは良かったがそれ以外の人間が普通以下すぎてコメントが繰り出されるたびにやれやれだぜと思ってしんどかった。
普通以下の人間、映画など出てはいけない。
しかしそういったくだらない人間どもの妙なバランスもあいまって成り立つ不思議なおもしろ短編映画だった。
宇宙の裏返しについて、高橋洋が「わけわかんない映画ですねえ」って言ってて、大変癒やされた。
出演者共がいったんひっこんだあと、韓英恵武田崇元高橋洋の3人でボリシェヴィキの方のトークをしていた。
こちらはとっても良かった。特に韓英恵、大変良かった。
高橋洋が疲れすぎてベッドの中でみてはいけないもの、悪魔をみてしまったという話をしていて
それについて観客が笑っていたら韓さんが「なにがおもしろいの?」って言っていて良かった。
高橋洋は始終にやついていて良かった。
「皮膚科はおそろしいところですよ~、昔全身包帯まき状態になったことあるんですけどねえ、看護婦さんが、この上の階には、もっとすごい人がいるんですよおなんて言うんですよ」
「ロシア人はすぐ死にたがる」
トーク後にDVDにサインをもらった
上記3人意外にも出演者が来ていて、DVDの表紙にサインをしてくれたが、高橋洋だけなぜか裏側にサインしていて良かった。
高橋洋、いちばんお辞儀が深かったので、それがとても良かった。
仰々しいものでなくて、買ったおまけにじゃあサインするかってだけの感じだったのも良かった。
私はサイン会など嫌いだが、もらって良かったと思う。

6日(木)

珈琲西武で夕飯
クリームトマト?のスパゲティは、トマトである前にシーフードであるのできけんだ。
もう二度と頼まないことにする。

人が話をしているときに、あまりにも携帯端末をみるのでそれについて私が「ツイッターは禁止だ!」と言ってツイッターを禁止させた。
そのときはそれが正しいような気がしたが、
次の日そのことについてずっと考えてしまった。
私は会話がしたかった。
生身の人間と会話をしているときに、相手の人間が別の世界でもう一方の思考を展開していると思うと、大変気持ち悪いと感じてしまう。
ときや場合や人にもよるんだけれど、それによって「ここ」にいる人との会話が表面的になるのであれば、私はそれはなんかちがくないかってなる。だったらインターネットでよくないか。
だからと言って私が、他人のツイッターを禁止する権利はどこにもない。
けれどもそれは、気持ちが悪くて、この気持ち悪さがどこからくるのだろうと思うが、とにかく言葉にすると「気持ち悪い」だ。
平和でいいなら平和にできるが、それをする必要がないので「ツイッターは禁止だ」とわざわざ私は言った。
ぬるい人間関係であればツイッターなんていくらでもやってくれよと思う。平和だ。
だが、会話というのは思考のすり合わせで
それが出来ないのなら人と人は対面する必要がなくなってしまう。「じゃあ終わりだ」ってやつだ。
けれども、そういう事を考えていると伝えたら、なにがそんなにいやなのかわからなくて正直びっくりしていると言われて、悲しいというか取り残されたような気分になって、どうしたら良いのか分からなくなってしまった。
古い人間の考え方なのかもしれないと悩んだ。
感覚があまりにも遠すぎる人間と真面目に接する方法がなかなか思い出せなくて、私は最近ずっと包丁研いでる最中みたいな感じになってて、ちょっと危ないと自分で思う。
非常に反省している。

8日(土)

横浜でライヴだったので、その前に中華街へおかゆを食べに行った。
大変おいしかった。
食べ物を食べておいしい、良かった、などと思える自分であることにいまだに慣れないなと思うがとにかくうまかったぜ。
ハコは前にいてもステージが低すぎて見づらい感じ、天井に鏡がある不思議なところだった。
モッシュ中上を見上げると、地獄のようにたくさんの手が暗闇から生えていて良かった。地獄だ。

9日(日)

山梨でライヴ
甲府は微妙に遠いしさらにハコも駅から遠い。
以前は歩いて行ったが、今回は車に乗せてもらった。
昼にほうとう鍋を食べたので夜までずっとおなかがたくさんだった。
おいしかった。
おいしかったという単語が2回も登場するブログ、素敵ですね。