人は優しく 刺激的

しんどさとしんどくなさが同居していてしんどい
僕の宗教へようこそ毎日聴いている
でも今日はトランスオレンジ特急の気分だったので、聴いて帰った。

日曜は清水くんとごはんした
違和感なくお話できて良い
説明のいらない会話は楽だ
どら焼きが美味しかった

清水くんはちゃんと生きているなと思い
私はいつから「ちゃんと生きてない」になったのだろうなと考えた
何もかもがどこか遠くへおいてけぼりになっていて
「考えるのをやめた」というやつで
私は今も、そうして宇宙の中をさまよい続けているのかもしれない。
最近は、自分の中の空虚を自覚する時間が多く
それというのも他人と話をすることが多くなってきたからだ。
私には何もないのに、私などとお話してくれる人がいることに感動する。
そんなことでいちいち感動している暇がある。
そして申し訳無く思う。他人の時間を奪っていると感じてつらくなるが
次の瞬間には、私が、他人の何かを奪えるなどと思ってしまったことに恥じる。
それらの意見がぶつかって、どうにか前を向いていられる。
そういうものに押しつぶされないように、すきなお洋服やすきな鞄を身につけるのだろうと思う。
メリッサの靴は永遠にヴィレッジヴァンガードみたいなにおいがする。
私は自分をいつまで、どこかに置いてけぼりにし続けるのかしら。

読んでいる本がおもしろくない
かといって気分の本がない。
そういうときはひゃっけん先生か我妻俊樹しか読みたくなくなる。
一生それだけで良いんじゃないか?

マンガをしばらく読めていない
マンガを読むと悲しくなってきてうまく読めない
そんなのはなんだかひさしぶりで気持ち悪い
ぐにょぐにょが胸にひっかかって、ひやっとしてきて、怖い。
ここ最近は「ひやっ」とするやつが 予告なく いろんなときに
思い出して、「ひやっ」として、そんなときは生きていて良いのかわかんなくて
途方にくれるけれど
なんともない
なんともないです。
だってネコはパンかもしれないし、神様はサボテンかもしれないもの。