召喚するかドアを開けるか回復するか全滅するか

昨日は一日居心地が悪かった
今日は普通だった。
ライヴの感想は少しずつ書いているのでそのうちアップする。

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和田さんがこの記事で高円寺のマッチングモール(昔はたしかモヲルじゃなくてモールだったと思う)の話をしていて懐かしさに発狂しそうになる
そこで知り合った某作家になぜか気に入られマイミクになり何度か展示会に誘われたが
私は一度も行かなかった。

昔は、よくいろいろな大人とお話させていただく機会が多分人よりも多かったように思う、
当時大人に「自分の若い頃にはそんなものなかった」と、よく言われた。
話をする大人は大体地方から上京してきた者が大半だったから、彼らの若い頃は周りにサブカルに強い本屋もインディーズを扱うCDショップもほとんど無かった、と言うのだった。東京はなんでもあって良い、ということを言われた。雑誌で情報を得たり、CDや本を取り寄せしたりしていたという話を聞いた。インターネットも栄えていなかったから当時はいろいろなものを知ったり手にいれることがとても大変だったようだ。
だから、上京したのだと皆言っていた。
「東京にいる」ということが1つのステータスらしかった。
私は、自分が東京で生まれたということ、趣味に対して理解のある親がいるということ、この「環境の良さ」を、当時はあまりよく分かっていなかった。
上記の和田さんの記事では、すきなものがあっても、簡単には手に入らなかったり、実行できなかったり、そういう「環境の悪さ」を嘆く人達はいまでもたくさんいるのだなと思う。
今にしたら理解できる話だなあと思うが、
当時の私からしたら、自分が努力して集めた趣味に対するこの情熱や、確かなセンスを持つこのアンテナの感度やなんかを、「東京に住んでいる」という1点だけで片付けられることに疑問を持っていた。
彼らからしたら、若くして自分らと対等な知識でもって趣味の話などする子供が理解できなかったのだと思う。
私は今、彼らよりも少し多く歳をとってしまった。


えんそくの次のシングルは「中二病の救世主」と言う。
これを聴いていて、その「環境の悪さ」について考える。
歌詞の中に“例の人気の本屋”と出てくるが、
和田さんの記事を見る限りでは、北海道の旭川では、それすらきっと尊い存在だったのだなと思う。
そういった「環境の悪さ」につけ込み「子供を騙す商売をする詐病者」に対する怒りを歌っている歌だった。
だが、詐病者でも多くの者を救っていることは確かだ。
そこに良い悪いは無いし
何が「正しい」かなんていうのは、私にはわからない。

中二病」というワード、大変むつかしいラインにあるなと思う
勘違いや勘違いや勘違いが起こらないと良いですね。
ぶうさんには、すきなことをしてほしい。



きんしょうの新しいアルバム「Future!」は、「告白」という曲がとてもすきで
とてもすきですね
だって私すごくすきそうでしょ
思い出すことは苦しみにまみれた時代
高校2年生の頃にきっと、この曲に出会えていたら私は、少し良かったかもしれない。
こんなうたみたいに、がらんどうだったな

音楽に救いは無い
期待してはいけない
あるのは楽しいという感情だけ
だといいね


はあ疲れた
いつもすごくしんどくなって生きていてごめーんと思う時間
よくないがそれは止められないよね

それでも今日は、少したのしい日だったように思う。
ジャングルの奥地について考えていたんだ。

おやすみなさい、また明日。