世界の娯楽

中学生のときはビデオ・テープが友達だった。
学校から帰ったらまず昨日録画した深夜番組を観るか、あるいは昨日借りてきた映画を徒歩5分のビデオ屋に返しに行く。そしてまた新しく目星をつけていたビデオを借りて帰ってくる。夜に観てまた朝が来て、学校へ行ってまた家に帰ってからビデオを観る。金曜日は、Hと一緒に明日みるビデオを2本くらい決めてから明日の約束をして帰る。土曜日は、昼頃にローソンでお菓子と昼ごはんと飲み物を買ってからHの家で金曜の夜に借りたビデオを観る。そして先ほど観た映画に出てくるワンシーンのモノマネをしながら、夕方過ぎにまたそれをなじみのビデオ屋へ返しに行く。Hといえば小学生の時学校にスカートを履いてきて「なぜ女の子しか履いてはいけないのか」などと言って物議をかもしていたような人で、当時はあまり気にしていなかったが、今思えばHはいわゆるジェンダーフリーのようなところがあったけれど、顔が良いので女によくモテた。あとちょっと頭がおかしかったから遊んでいて楽しかった。今は何してるのか知らないが多分今会っても絶対に友達にはなれないと思う。なんとなく。そんな毎日だったからビデオ屋の店員とは自然と仲良くなった。バイトのAとTは、店長がいないときならいつだって私たちにタダでビデオを貸してくれた。いいよいいよ、お金払うのばかばかしいじゃんって。彼らとはCDを貸し借りしたり自作のMDを交換したりすきな音楽を流しながらバイト中何時間でもくっちゃべったり、とにかくそんな感じで今思えばあのビデオ屋はどうやってなりたってたのかなって思う。つぶれたけど。ちなみに店長はクズで、奥さんがいるのにかかわらずバイトのメンヘラ女とヤッて、それが双方にバレてからバイト先でメンヘラ女に刃物を持ち込まれて大変な騒ぎだったよ、とあとでAがのんびり教えてくれた。店長は『マグノリア』がすきすぎてそればっか勧めてくるから、私たちはそれを一生観なかった。いまだに観たこと無い。ちなみにAはたまに気が向いたときにあそぼーっていうといまだに遊んでくれる。Tはインターネットで確認したところ相変わらずという感じだった。映画のポスターもたくさんもらった。もらったポスターは家の壁に貼りまくった。“遊べる本屋”で買って来た外国の映画のポストカードや、シネマライズで貰ってきたふてくされた顔のソーラ・バーチや、びしょぬれのユアン・マクレガーや、いかにも殺し屋然としたポール・ベタニーの顔やなんかを、家の壁がみえないくらいたくさん貼っていた。CMもだいすきだった。家に2台あるデッキをうまく使って、すきなCMだけを集めたビデオ・テープを作成していた。そしてそれを何度も観た。すきなシーンだけ、すきなコントだけ、すきな番組だけ、すきなPVだけを集めて、何本も何本をビデオ・テープにダビングした。それらはいまだに捨てられずにベッドの下に眠っている。
私は大学で映像を学んだ。Hは映画の専門学校へ行ったようだった。彼は映画を撮り、私は一人個人的な実験映像を数本撮ったのみで、今はもうビデオカメラを持つことも、執拗に同じテープを繰り返す事も、週末の映画鑑賞も、何もなくなってしまった。
映像がすきだった。