破壊しに、と彼女は言う

寒い夜に、なぜだかティファールのポットを持たされひとり外に出された彼女は、永遠とも言える時間を店の外で待たされていた。
待てども人が来ないので、とうとう冷たい階段に座り込みながら、仕方なくペンギンとパクパク遊んで待っていた。
店から出てきた彼が、「ねえ今ポットとお話してた?君はいつもそんなことしてるんでしょ?!」と興奮気味に話しかけてきた。
でもこれペンギンだから、と彼女がいうと彼はまるでそれこそペンギンのように手足をジタバタさせながら、彼女の手をギュッと握りしめ「駅まで送る」と言った。
黒と白のポットに貼られた、キロキロと動く目玉のシールは、彼が貼ったものだった。
橙色の電車が来るまでに彼女は、大事にそれを左腕で抱えていた。それが彼女のその日のミッションだった。
ティファールは万能だから」、「ゆで卵を作ったり」「粘土を温めるため」に必要らしい。
彼と彼女が初めて会ったときの話だ。
どうしても空気が読めずに失敗してしまうとき、どうしても自分がすきになれないとき、まるで叱られた犬のようにしょげた彼の顔を、彼女は今でもよく思い出すのであった。